the day World War Ⅱennded
はいどうも、Fokeyです
今日は61回目の終戦記念日だ。
日本、そして世界の戦争で
なくなった人々に
深く哀悼の意を表したい。
小さな一個人として
僕は戦争反対の意を表したい。
だが、今でも戦争は起こっている。
自らの国のため、
自らの国を守るため…
結局それは61年前と何も変わっていない。
中国は、日本の侵攻から自らの国をまもるために戦ったし、
ドイツ、イタリア以外のヨーロッパ各国、
アメリカだって同じだろう。
(もちろん
各国にはそれぞれの
アイデンティティーがあるわけだが)
だが
日本、ドイツ、イタリアだって同じではないだろうか。
日本においては
世界恐慌によって
ファシズムに走ってしまい
そのことにより
右翼の暴走をおこしてしまった。
だが、その右翼であったって
自国のためを思ってのことではないか?
だが、
だからといって
第二次世界大戦を正当化するつもりもないし
日本の責任がない、
右翼にはしるべきだとも
いうつもりはない。
僕が言いたいのは
すべての国が自らのために戦った。
そして
戦争をおこなってしまった。
それは
世界中のすべての国に責任がある。
(もちろん、
その中でおきた大虐殺などは、日本に大きな責任があるし、
中国などに責任はない。)
あの時代は今よりもさらに
戦争が身近なものだったのかもしれない。
自らの国のため
自らの国を守るためには
戦争をするしかなかったのではないか?
そんな世界であったのではないか?
靖国神社の話
今日、小泉首相が靖国神社に参拝した。
予想どうり
中韓から激しい反発があった。
彼らがなぜ反発するのか?
親などが殺されていない人々も
なぜ反発するのか?
それは、自らの国に誇りを持っているからではないか、
だが
日本人にだってそれはある。
いや
あってほしいのだ。
首相の写真が燃やされている。
それに対し
「中韓のいいたいことはわかる。
だが
近頃の行動はやりすぎだ!」
と
民間レベルで、
そして若者が
声を上げるべきだ。
話はそれたが
僕個人としては
靖国神社参拝は反対だ。
それは、中韓がうるさいからではない。
あの神社そのものが
戦争の遺産なのである。
僕がここで議論したいのは
そこに眠る人々についてではない。
それ自体、つまり、
靖国神社が戦争中
どういう役割をはたしたのか?
と
いうことだ。
それについては
以前も書いたので
再び書くことはしないが
靖国神社について
そして、
戦争について
深く
日本人として
議論すべきときではないか?
最後になったが
『平和』は、ただあるのではない。
『平和』は、絶えず願い続け、守りつづけなければ
ならないものである。

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