Wednesday, May 24, 2006

history one

川崎フロンターレの前身は「富士通サッカー部」
という名称で活動していました

Jリーグ創設には参加せず
主に工場の社員選手で日本サッカーリーグ(JSL)
でプレイする

しかし1997年にJ1を目指すため
「川崎フロンターレ」を発足

その1997年は惜しくも
勝ち点1差でJ1昇格を逃す

圧倒的な強さを見せる一方
下位のチームに勝ち点を取りこぼすという
不安定な戦い

1998年は2位以内のチームが
J1の下位チームと対戦するということで
自動昇格がなかった
フロンターレは最終節に敗れ2位で
J1参入戦に挑む

相手はアビスパ福岡
そしてアビスパのホーム(東平尾公園博多の森競技場)
の一発勝負
後半ロスタイム2-1で勝つ寸前で
同点にされてしまい
延長前半13分にアビスパ福岡のVゴールで

   敗戦

この出来事を試合会場の名をとって
「博多の森の悲劇」といわれています

1999年は初めてJ2が発足し
川崎フロンターレはJ2初年度チャンピオンに
輝き見事にJ1参入を果たしました☆

さあJ1初挑戦はどのような結果に
なったのでしょうか?


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